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東京高等裁判所 昭和40年(う)259号 判決

被告人 工藤太刀雄 外四名

主文

原判決中、被告人工藤太刀雄、同田島孝、同正宗一、同大木伊三郎及び同川辺秀雄に関する部分をいずれも破棄する。

被告人工藤太刀雄を罰金二万円に

被告人田島孝及び同正宗一を各罰金三万円に

被告人大木伊三郎及び同川辺秀雄を各罰金五万円に処する。

前記各被告人において右罰金を完納し得ないときは、金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、証人岩瀬茂雄に支給した分は被告人工藤と原審相被告人中田花との連帯負担、証人玉野光男に支給した分(一、二回分)は、これを七分してその各一を前記被告人五名の各負担、当審における訴訟費用中、証人東現に支給した分は右被告人五名の負担、証人吉田利雄に対し昭和四一年一〇月一九日の出頭につき支給した分は、これを三分してその各一を被告人大木及び同川辺の各負担、同証人に対し同年一二月二一日の出頭につき支給した分は同被告人両名の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人工藤については弁護人藤原義之及び同被告人本人各名義の、被告人田島及び同正については弁護人伊藤幸人及び同伊藤哲共同名義の、被告人大木及び同川辺については弁護人野宮利雄及び同木村雅暢共同名義の各控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用するが、被告人工藤本人の控訴趣意は原判決の量刑不当を主張するものと解される。

被告人工藤の弁護人藤沢義之の控訴趣意第一点、被告人田島、同正の弁護人伊勝幸人、同伊藤哲の控訴趣意第一点、被告人大木、同川辺の弁護人野宮利雄、同木村雅暢の控訴趣意第一点の各論旨について

よつて案ずるに、本件記録を調査し、原判決の挙示した証拠物を検討し、当審における事実取調の結果を参酌しても、本件物件はいずれも計量法(以下、単に法という)にいう計量器に該当することは明らかであつて、この点に関する原判決の認定には、所論の如き理由のくいちがいのないのは勿論、法令の解釈、適用の誤も、事実誤認も存在しない。

およそ、法にいう計量とは、長さ、質量等の物象の状態の量を計ることをいい(法二条)、計量器とは、法一二条において、計量をするための器具、機械又は装置であつて、同条各号に掲げるものをいうと定義されているのであるから、その計量器たるためには、当該器具等が、その素材、形状、外観等から客観的に観察し且つ社会通念上物象の状態の量を計ることのできる性質を具備している器具等であつて、その使用目的が主として計量するためのものであると認められるものでなければならない。そして、かかる計量器に法三条及び五条に規定する法定計量単位以外の計量単位(非法定計量単位-その補助計量単位を含む。以下同じ)、即ち尺貫法或はヤードボンド法による計量単位が表示されているときは、それは法一〇条、その他の規制を受けなければならないのは当然である。ところで、右の見地に立ち且つ原審及び当審に現われた通商産業省当局の通達、同省各係官の公判廷における供述、時の法令第二五号の記載等を参酌して本件物件を考察するに、それらはいずれも、尺貫法又はヤードボンド法による計量単位なる寸、分又はインチの実目盛が附されており、細長い竹製のものは、長さ鯨尺一尺及び二尺、かね尺一尺、一尺五寸、二尺及び三尺並びに三十六インチの直線直尺のものと認められ、布製テープ様のものは、長さ六十インチの巻尺のものと認められ、合成樹脂製の折尺様のものは、長さ三十六インチの畳尺のものと認められ、なおそれらはすべて、その素材、形状、外観等に照らし且つ社会通念上、定規等の文房具類ではなく、計量することができるもので、又その使用目的が主として計量するためのいわゆる物差であると認められることは明白である。従つて、本件物件はすべて、法一二条一号所定の長さ計に該当し、法上の各種の規制を受けなければならないものというべきである。

もつとも、本件物件については、前記布製テープ様のものに「六〇吋」の全長及び1乃至60の数字の表記があり合成樹脂製の折尺様のものに1乃至36の数字の表記があるほか、いずれも長さの単位、全長の表記がないことは所論の指摘するとおりである。しかしながら、これらの物件は、たとえ単位、全長の表記がないものであつても、それを取得した一般通常人が、或は取得した際聞知しおところにより、或は自己の知識、経験により、或は他の物件との比較により、或は正規の計量器との比照によつてその実目盛による単位が非法定計量単位であり、全長が鯨尺一尺等、かね尺一尺等、三十六インチ等のものであることを容易に認識することができ、これを使用することにより対象物件の長さを容易に計量することができるものと認められるから、計量上の作用、効力に何ら支障を生ずることはない。そして、取得者のかかる主観、他との比較等が単位、全長等を認識するについての補助的機能となつても、それは本件物件の、前記計量器たるの本質に何ら消長を及ぼすものではないから、単位、全長の表記の有無は、法一二条所定の計量器に該当するか否かを認定するについての決定的な要件となるものではない。従つて、その表記がないからといつて、直ちに本件物件が計量器ではないとすることはできない。現に記録によれば、被告人らはいずれも捜査官の取調に対し、本件物件を、鯨尺、かね尺、インチ等の物差、即ち非法定計量単位を附した計量器として販売或は製造した旨供述しているのみならず、これを買い受けた一般通常人もすべて捜査官の取調に対し同様の物差として使用する目的をもつて買い受けた旨供述しているのである。論旨はすべて理由がない。

被告人大木、同川辺の弁護人野宮利雄、同木村雅暢の控訴趣意第二点の論旨について

よつて案ずるに、法一〇条一項本文は、長さ、質量等の物象の状態の量については、「法定計量単位以外の計量単位は、取引上又は証明上の計量(物象の状態の量の表示を含む)に用いてはならない」と規定しているところ、右にいわゆる「取引」とは、法一一条一項によつて、有償であると無償であるとを問わず、物又は役務の給付を目的とする業務上の行為をいうと定義され、「計量」とは、前記の如く法二条によつて、長さ、質量等の物象の状態の量を計ることをいうと定義されているのであるから、これらの定義及び前記通商産業省当局の通達、同省各係官の公判廷における供述、前記時の法令の記載等を総合すれば、法一〇条一項本文は、売買等の取引においては非法定計量器単位を計量に用いること、即ち商品その他の物件の長さ、質量等を鯨尺、かね尺、インチ等の物差或は貫のはかり等で計つて取引することを禁止しているのみならず、非法定計量器単位を物象の状態の量の表示として用いること、即ち商品等に鯨尺、かね尺、インチ等或は貫による長さ、質量等の表示を附すること自体をも禁止しているものと解するのを相当とする。けだし、法の立法の趣意が、一条に明記されているとおり、計量の基準を定め適正な計量の実施を確保し、もつて経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的とするものである以上、単に非法定計量単位が商品等の取引物件に表示されている場合であつても、その表示を放置するにおいては、法の前記趣意の貫徹は期せられないというべきであるから、法がその表示自体を、非法定計量単位が取引上又は証明上の計量に用いられた場合と同等に評価し、これを禁止した措置は当然であるといわなければならない。ところで、被告人大木が原判示のとおりかね尺一尺、一尺五寸、二尺の竹製物差、即ち非法定計量単位を表示した計量器を販売したことは証拠により認められるところ、同被告人がこれらを販売した時点においては、右非法定計量単位を計量に用いてはおらず、即ち計量器による計量行為はなされておらないのであるから、この場合は所論の指摘するとおり、法一〇条一項本文にいわゆる非法定計量単位を取引上の計量に用いたとはいえないのであるが、前記説示のとおり非法定計量単位を物象の状態の量の表示として前記物差に用いた場合に該当するものと解すべきであるから、法一〇条一項本文に違反するものといわなければならない(論旨は、物差自体を販売する場合においては、その多数の物差の本数を算えることが取引上の計量に該当するというが、該本数を算えること自体が右計量に該当しないことは、前記説示に照らし明白である)。

しかるに、原判決が理由中の、「弁護人野宮利雄主張の(三)の点について」と題する項において説示したところによれば、同判決は、客観的にかね尺一尺の物差をかね尺一尺のものとしてこれを販売する場合は、非法定計量単位を取引上の計量に用いた場合に直接該当するとの見解のもとに、被告人大木の本件販売行為について非法定計量単位を取引上の計量に用いたものとして処断しているのであるから、右は法一〇条一項本文の解釈を誤つたものといわざるを得ないが、結局において右の行為に対し法一〇条一項本文、二三五条を適用、処断しているのであるから、右の法令の解釈の誤は判決に影響を及ぼさないことは明白であり、その他記録を精査しても、原審の訴訟手続には、いささかの法令違反も認められない。論旨は採用の限りでない。

なお、職権をもつて被告人工藤、同田島、同正に関する各原判決の認定した罪となるべき事実中、末尾の、「法定計量単位以外の計量単位を取引上の計量に用い」の部分につき調査するのに、前記被告人大木に関する控訴趣意に対する判断の項において示した法一〇条一項本文の解釈の誤の点及びその誤が判決に影響を及ぼさない点については、被告人工藤、同田島、同正についても同様妥当するので、これを引用する。

被告人田島、同正の弁護人伊藤幸人、同伊藤哲の控訴趣意第二点の論旨について

被告人田島及び同正がいずれも、原判示の如き物件を、非法定計量単位を表示した計量器である物差と認識して販売した点及び計量器の販売事業を行なうについては所轄都道府県知事の登録を必要とすることを認識していた点については、同被告人らはいずれも、捜査官に対する供述調書中においてすべてこれを自白しているところであつて、その犯意において何ら欠けるものはない。この点につき原審公判廷冒頭の認否の段階において、被告人田島は、本件取引物件は物差ではなく、物差と同様のものと解釈していた旨、被告人正は、本件取引物件は物差とは思わず、都知事の登録を受ける必要はないと思つた旨各弁解しているけれども、前記各捜査官に対する供述調書中の供述記載に対比し信用できない。論旨はすべて理由がない。

被告人工藤の弁護人藤原義之の控訴趣意第二点及び同被告人本人の控訴趣意、被告人田島、同正の弁護人伊藤幸人、同伊藤哲の控訴趣意第三点、被告人大木、同川辺の弁護人野宮利雄、木村雅暢の控訴趣意第三点、各量刑不当の論旨について

被告人らが本件各犯行により、経済の発展及び文化の向上に寄与しようとする計量法の趣旨に違背した点において、その責任は決して軽しとしない。しかしながら、元来同法は固有の刑法に比較して倫理的要素が弱く、技術的、合目的要素が強いのであるから、これに違反する行為は、いわゆる行政犯乃至法定犯として刑事犯乃至自然犯に対比し反倫理性、反社会性において軽いものがあることは多言を要しないところである。特に尺貫法による計量単位は、長年国民生活に滲透していた歴史的なものであつて、計量法の施行後においても、今なお、メートル法の教育を受けていない一部の国民の脳裡に根強く残存していることは、否定できないところである。かかる制度を、数年間の猶予期間を置いたとはいえ、法律をもつて一挙に廃止し、違反者を厳罰に処するためには、法の文言を出来得る限り明快平易なものとすべきは勿論、行政当局の、確固たる方針に基く一般国民に対する懇切、適正なP・R、指導、監督がその裏付けとならなければならないのは当然である。しかるに、計量法の文言、例えば本件において問題とされた一〇条一項本文のそれの如きは、むしろ一般国民にとり難解のそしりを免れず、又記録によれば、行政当局、殊に地方の出先機関の業者に対するP・R、指導等には或る程度場当り主義ではないかを疑わせるものもあつて、必ずしも懇切、適正とばかりはいえないのである。以上すべての事情を総合し、なお、所論も指摘するとおり、尺貫法による計量単位はメートル法による教育の普及により近い将来当然消滅すべき運命にあり、本件犯行はすべてその過渡的時代の現象であること、各被告人の家庭の状況、財産状態、その所論指摘の諸般の情状を各被告人の利益に斟酌すれば、原判決の各被告人に対する量刑は、罰金刑とはいえ、総じて重きに過ぎるものと認めるのほかなく、結局量刑不当の論旨はいずれも理由あるに帰する。

よつて、本件控訴はいずれも理由があるので、刑事訴訟法三九七条、三八一条に則り原判決中、被告人五名に関する部分をいずれも破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所において更に次のとおり裁判する。

原判決の適法に認定した各被告人に関する罪となるべき事実(但し、原判示第一、第二、第三及び第五の各事実中、各末尾の、「法定計量単位以外の計量単位を取引上の計量に用い」の部分を、「法定計量単位以外の計量単位を取引上の物象の状態の量の表示として用い」と訂正する)に法律を適用するのに、被告人工藤、同田島、同正の各原判示の所為中、無登録で販売事業を行なつた点は計量法四七条一項本文、二三三条、非法定計量単位を用いた点は同法一〇条一項本文、二三五条(被告人工藤、同田島の各非法定計量単位を用いた点については包括して。なお、被告人工藤の以上の各行為については、いずれも更に刑法六〇条)に、被告人大木の原判示の所為中、無検定譲渡の点は計量法六三条、二三一条に、非法定計最単位を用いた点は同法一〇条一項本文、二三五条に、被告人川辺の原判示の所為は同法一三条一項本文、二三一条(なお、以上のすべての行為につき更に罰金等臨時措置法二条)にそれぞれ該当する。ところで、被告人工藤は昭和三九年五月一日東京地方裁判所において窃盗未遂罪により懲役一年に処せられ、同裁判はその頃確定したものである(当審記録編綴の、新潟刑務所より当裁判所宛、受刑併進控訴被告人の釈放についてと題する書面によつてこれを認める)から、同被告人の前記各犯行は右確定裁判にかかる罪と刑法四五条後段の併合罪の関係にあるので、同法五〇条によつていまだ裁判を経ない右各犯行につき処断すべきところ、同被告人、被告人田島、同正、同大木の前記各所為は、一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから、各同法五四条一項前段、一〇条に従いそれぞれ重い無登録販売事業又は無検定譲渡の罪の刑をもつて処断することとし、所定刑中、いずれも罰金刑を選択し、その各所定金額の範囲内で被告人工藤を罰金二万円に、被告人田島及び同正を各罰金三万円に、被告人大木及び同川辺を各罰金五万円に処し、罰金不完納の場合の労役場留置処分につき刑法一八条を、主文第四項掲記の原審及び当審における各訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を、原審における訴訟費用中、国選弁護人野宮利雄に対する支給分を被告人大木に負担させない点につき、国選弁護人辻本豊一に対する支給分を被告人川辺に負担させない点につき、又当審における訴訟費用中、国選弁護人藤原義之に対する支給分を被告人工藤に負担させない点につき各同法一八一条一項但書をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅富士郎 石田一郎 金隆史)

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